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ホップ・ぐぇっぷ・ジャンプ!
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  よくある光景です
  だって そこにおとーが寝ているから・・・






前回の記事の続きです
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ちょびっと仲良くなったの

でもまだ遊びません・・・
とりあえず受け入れる気にはなったようです
(ふぁーさんは座イスの背に掛けた おとーのウィンドブレーカーの上に寝ています)



これから先、医学に興味のある方はどうぞ
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病気のお話・その後 PART1

さてめでたく(?)退院した私ですが、すぐに普通の生活を出来たかというとモチロンそんな事はありませんでした。
筋肉が悲しいくらい落ちてしまっていたため、まず歩くのがノロノロ、ヨロヨロ・・・。トイレに入ったらゆっくり便座に座る事が出来ず、ドンッと身体が便座に落ちるにまかせるしかないのです(汗)ゆっくり座ろうと思ったら、普通、足に力を入れますが私には出来ない・・・かといって手すりに摑まろうにも握力が無くなっていて出来ない。入浴時もお肉の無くなったお尻が痛くて、長時間浴槽に入っていられませんでした(浮力があるのにね)。
食事はすぐに食べられるものを用意。たいていはトースト(1回に1枚の半分)をミルクティー等で口の中で溶かして食べていました(私はどうもおかゆが苦手なのです) そして輸血一歩手前の貧血にも拘わらず、造血剤が飲めないので青汁を飲む事にしました。アノ有名なCM「う~~~、マズーイ、もう一杯ぃ!」のヤツ、以前からおとーは大好きで定期的に頼んでいました(冷凍パックでくる)。おとーと違い、私はそのままではとても飲めないので(だって本当にマズイ!!!)、リンゴジュースと飲むヨーグルト少々を加えて2倍に薄めて青汁ジュースにして飲み始めました。(←これだけのせいではないでしょうが、驚いた事に1年後には貧血は改善されていました!)。少し食べる事に胃が慣れてくると、市販のベビーフードや介護用レトルト食品のお世話になりました。私の胃は消化が良く出来ないので、離乳食状のものがちょうどよかったのです。当時よく食べたのが、キューピーの12ヵ月児用の野菜カレー(今はないみたいです)、介護用レトルトの中華あんかけを豆腐にかけてチンしたもの等です。
2か月ほどして、徐々に料理も始めました。一番よく作ったのがカレースープ。もちろん刺激の強いものはダメなので、野菜を煮込んで作った脂っぽくない特製カレールーを取り寄せました。大根、人参、ほうれん草、やわらかつくね団子等を出汁で煮込み、カレールーは普通のカレーを作る時の1/3量くらいを入れ、醤油少々で味付けしていました(ほとんど辛くないです) 次第に食べられる種類も増えてきましたが、刺激物、繊維質、油脂はNG。普通の物を食べる時は一口につき70~80回は噛んでいました(非常に口が疲れました) 私は今でもかなりよく噛んで食べています。
一年を過ぎる頃には体重も半分ほど戻りました。しかし運動は禁止されていたため、筋肉は戻らず全て脂肪で戻るという恐ろしい結果となりました(ブヨブヨ~!!)
そんな中、実家の母に問題が起きました。私が病気になる前から視力が落ち始め、色々な医者にかかりましたが原因は分からずじまい。私の病院へ来ると時も色つきメガネをかけていました。ある時、私がふと目にしたTV番組がきっかけで実家近くの診療所で、県内の大病院への紹介状を書いてもらいました。そこで検査に次ぐ検査を重ね(相当辛いものもあったようです)とうとう大腸ガンが発見されました。眼球の奥にも腫瘍が認められました。この時点ではまだ少し視力が残っていたので、検査の時は病院へ行く途中の駅で待ち合わせ、私が母の手を引いて通いました(私の具合が悪い時はおとーが仕事を休んで行ってくれました) 身体の小さな母はまるで親に手を引かれるおさな子のようでした。抗がん剤の投与が決まり、母はほとんど視力を失いつつあった事もあり、1回目の投与は通いではなく入院する事となりました。一旦、退院し、また2回目、3回目と続ける予定でした。そこで異変が起きました。母がお腹の激痛を訴えたのです。すぐに病院へ行きました。結果は腸重積でした。当日は二男の高校の入学式。午前中、式に参列して急いで帰宅し病院へ急行、手術は深夜までかかりましたが成功。夜中の3時、真っ暗な鎌倉霊園の山を越え、ほとんど車のいない国道134号線をひた走り帰宅しました。この入院中、眼球の奥の腫瘍に特殊な放射線を照射するサイバーナイフという治療のため、別の病院へ日帰りで母を連れていった事もありました。
その後 母は回復し、抗がん剤の投与を再開する事になりましたが、病院の空きベッドが思うようにないのです。仕方なく、通院の形を取る事になりました。私は朝早く家を出て1時間かけて車で横須賀の実家へ。母を乗せてさらに1時間、横浜市内の病院へ向かいます。抗がん剤の投与に数時間。その後母を実家へと送ります。そして夕方、渋滞の中を自宅へ戻るのです。おとーも仕事を休める時は一緒にきてくれましたが、実は我が家では車の運転は全て私なのです(おとーも免許は持っていますが、事故で脳に損傷を受けた事があるので私がした方がいいのかな・・・と。もともと私は運転が好きでもありましたし) 
何度そういう風に通ったのか覚えていませんが、ある時医師に宣告されました「国内で認可されている2種類の大腸がんの抗がん剤は両方とも効きませんでした。もうここでの治療は終了です。これからはご自宅近くの病院へかかる事をお勧めします。」
この時、母はほぼ何も見えなくなっていました。私自身の病気もあるので、とにかくそれから大変な数か月を過ごしました。だんだんとガンによる痛みが増してきたものの、対処療法で痛み止めを服用するしかありません。車で実家へ行き、近くの診療所へ母を連れていき痛み止めの薬を処方して貰う。ヘルパーさんもお願いして食事の世話を週に数回して貰っていました。私が実家に泊まり込めばよかったのですが、大動脈解離になってから実家は寒くて具合が悪くなってしまうのです。母を診療所へ連れて行った後は疲労困憊。母のベッドの隣で(床に)横になる事しか出来ないのですが、身体がどうしようもなく冷えて眠ることは出来ませんでした。 また母にとっても、私へ負担をかけるという事自体がものすごいストレスとなるのです。仕方なく私は自宅へ戻ります。疲れ切った身体でハンドルを握りながら「どうか無事に家まで帰れますように」と祈りながら帰途につくのでした。
色々なホームや病院も調べましたが、どこもものすごい待ち人数でした。もちろん母は自分の病気の事を最初から全て医師に聞いて知っていました。ある時、母と話し合い、横須賀市内のホスピスへの入所の申し込みをする事にしました。ホスピスへの入所の順番がくる前に、母はひどい下血を起こしホスピスが併設されている病院へ救急搬送。一般病棟でポスピスの部屋が空くのを待ち、1カ月後に入所。そこでは心も穏やかになり、さらに1カ月後、母は眠るように旅立ちました。私の退院から3年、寒く冴えわたった冬の朝でした。この数日後、長男は無事大学に合格しました。
私は医師からストレスを避けるようにと言われていましたが、どだいストレスのない生活などあり得ません。母が亡くなった直後に受けた自身の検査で大動脈が急激に太くなっている事が判明しました。通常直径2cmほどであるべき血管は自分の退院時には約4cmでした。そして母の入院前が4.5cmほど。葬儀を終えた後は5.5cmにまでなっていました(だいたい6cmを越えると破裂の危険が急激に増すと言われています) 不安になってきました。医師に手術は必要ないのですか?と尋ねると「運がよければこのまま70,80歳まで生きられるかもしれませんし~・・・」とのら~り、くら~りと話をはぐらかされるのです。ちょっと焦ってきました。どうしよう!?

※母の事については最初詳しい事を書くつもりはなかったのですが、今問題になっている老老介護に通ずるものがあるので、書かせていただきました(私は老人ではないですけれどね。←いや、限りなく近い・・・)

≪続きはまた後日に≫


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[2011/04/28 17:22] | ふぁーふぁ | トラックバック:(0) |


zuikoromamy ふぁ~さん、おしり ふるふるふりふりして、ジャンプッ! グエッと おとー(^^);の声が
聞こえそう・・・。うちのコロも棚の上から ソファ~目がけてジャンプ、ヨコになっている
私のお腹を足蹴にして、下に着地っという、離れ業をします。 グエッと声がでる(><)!
 それから、ちーさんの闘病の様子を読みました。 今度はお母様までなの・・・。
ご自分もご病気かかえているのに、送り迎えだけでも、かなり身体に負担がかかったでしょう。
本当に、よく、頑張ったと思います。ちーさん、忍耐の人です。でも、明るくてチャミングー(^^)vな
今のちーさん、ますます、ファンになりました~。長々とすみませんでした。拡大して読んでます!

りすこmimi あるある~
以前、シロくんを保護してるとき
ソラちゃんとシロくんがおっかけっこして
私のおでこを踏んずけて行きました。
以来、シロくんは夜、寝室入室禁止となりました。

ちーさんの闘病中、
お母様にもガンが分かったのですね・・・
大変なことって
重なるんですね。
お母様もお辛かったことでしょう。
生きるって・・・大変ですね。
私も健康ではないので
健康ってすごく大切だといつも思っています。


ちー どこでも同じなんですね~~~♪
小さな点(足)に全体重がかかるから痛いですよね!
ウチの場合、おとーはいつもリビングでぐーぐー寝てるので
不意打ちをかけられるのです!だもんで余計にぐぇっ!が大きくなる(笑)

本当に病人が病人の介護って老老介護と同じ・・・
色々考えさせられました。もっと何か出来たんじゃ・・・って。

もっと文字が大きい方がいいですか?(も少し行間隔広げたいけど、やり方分からんのです)
私の場合、コンタクトしてると老眼の影響で携帯なんて全く読めなくなります。

ちー おでこ無事でしたか?(笑)
おとーはありとあらゆる所を踏まれています(笑)
狭いリビングでおとーを乗り越えないとドアにたどり着けないから・・・。

母は私の負担になる事が一番辛かったようです。
でも周りから結構色々な事を言われたらしいです。
何で娘が実家へ移ってこないんだ、とか(あ、私一人娘なんですね)
親子で理解していればいい、と思ってはいましたが
それでも辛いものがありましたね。

mimiさんも私も健康には気をつけなくちゃですね。

pyoko ふぁーさん、思いっきりジャンプ台にしてますね(笑)
そこに寝てるおとーさんのせいだと^^;
おとーさん頑張って腹筋鍛えてください!

辛いことが重なる時は本当にこれでもか。って言うくらいに重なりますね。
ご自身も体調が悪い上お母様の看病までされてて・・・
介護については私も現在進行中です。
いろいろと考えされられることが多いです。



catponko ふぁーさんのおしりふりふり~可愛い~(^^)
イラストなのに動画みたいですね~♪
ふぁーさん、キラキラボールとちょっとだけお友達になったのね。
キレイなキラキラボールね。私もぽんこに買ってあげたくなっちゃった。
ふぁーさんのお口の上の白いぷくっが何度みても、かわいいくて仕方ないのです♪

ちーさん、本当にがんばってる!!ちーさんは強くて優しくて素敵な方だなっ~って改めて思いました。
私は独身で一人暮らし・・・ちーさんの記事を読んでいると、家族っていいなと思うようになりました。
私の母も難病のため、将来必ずくるであろう介護について、そろそろ考えなくてはいけないのかもしれません。

ちー おとーはいつも床に長~~く伸びているので(家族中一番背が高い)
かわいそーに ジャマモノ扱いされています、、、、、
ふぁーさんだけが有効活用してあげています
でも、おとーに腹筋はありません(つく予定もなさそーです 汗)

pyokoさんも介護されているのですか。。
ご自身の体調を崩されませんように。。

ちー 今日はポンポンを転がしてみましたが
結構無関心・・・う~~~~~む・・・
ヒモ状の物が動かないと心も動かされないみたいです
私も白いプクッ大好き♪

私はぽんこちゃんの猫パンチ何回も見ちゃった♪
すごく可愛くて笑顔になれる~~~♪

実は私はずっと結婚はしないだろうと思っていたんです。
きっと神様が病気の事を見越して させてくれたのかもしれません。
catponkoさんのお母さまもご病気とのこと。
どうかこれから先も豊かな時を過ごされますように
(ごめんなさい、こんな事しか言えなくて)
ちなみに難病といえば母は最初ベーチェット病を疑っていたのです。
また私の従兄弟はシャイ・ドレーガー症候群という難病でした。

saganhama こんばんは(^^)
おとー災難に有ってるんですね。ミゾオチを直撃されたら呼吸困難も有りうるのでは?
お腹の上に座布団か何かを乗せてガードする事をお奨めします(^_-)---☆
ふぁーさん遊び道具に脅えなく成った様で・・・後は遊ぶ姿が見たいですね。

病のお話は・・・壮絶としか言いようが無い内容に言葉も有りません。
お母様のご冥福をお祈りいたします。

私も還暦一歩前なので、介護される事が無いよう健康には注意しないといけないですね。
と言いながら、ここ数年健康診断受けてません(^。^;)


ふぁーさんがみぞおち直撃!って大変(><)
私も茶々丸君がベットに飛び乗ってくると「ぐぇ!」ってなってます
真夜中に突然来るとびっくりして息が止まりそう~死んじゃうよ~ってね!
ちなみに茶々丸君は6㎏超えてます(重)

お母様の介護は本当に大変だったでしょうね
読んでいて伝わってくるちーさんの心に・・・優しさに頭が下がります
きっと今頃天国で「ありがとう」って言いながら微笑んでいると思います
ちーさんを守っていてくれるのはきっと優しい母の愛ですね♪

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